映像編集ソフトの練習を兼ねて、法話会に出たときのビデオを軽くいじってみました。youtubeの動画を埋め込んであるので、携帯電話の方は見られないかもしれません。
↑法話前編
↑法話後編
編集ソフトを来年少し覚えられたらと思います。随分昔に感じますが。法話も楽しかったのです(法話になっているのかは別にして)。人の後ろでよく喋っているくせに、人前で喋るのは相変わらず苦手。
来年3月下旬くらいに組合主催の葬儀セミナーが益城であります。そこでも多分少し喋ることになるはずなのですが、どうなるでしょう。
映像編集ソフトの練習を兼ねて、法話会に出たときのビデオを軽くいじってみました。youtubeの動画を埋め込んであるので、携帯電話の方は見られないかもしれません。
↑法話前編
↑法話後編
編集ソフトを来年少し覚えられたらと思います。随分昔に感じますが。法話も楽しかったのです(法話になっているのかは別にして)。人の後ろでよく喋っているくせに、人前で喋るのは相変わらず苦手。
来年3月下旬くらいに組合主催の葬儀セミナーが益城であります。そこでも多分少し喋ることになるはずなのですが、どうなるでしょう。
最近よく『家族葬』という言葉を耳にします。葬儀社へ依頼をなさる方も「家族葬でお願いします」と仰る方が増えているようです。では、その『家族葬』とはどのような葬儀なのでしょうか。
葬儀に友達や近所の方、職場関係の方が会葬する一般に開かれた葬儀(=『本葬』)の前に、親族内だけで先に済ませておく葬儀を『密葬』と呼んでいました。その後、『本葬』を行わない場合や、親族を中心に行われる小規模な葬儀も、『密葬』と呼ばれるようになりました。
更に時代が流れ、核家族化が進み、地域の協力を得るのが困難になるにつれ、親族を中心とした葬儀や、そうでない場合でも規模の小さな葬儀の割合が増加しました。そうすると、そのような『規模の小さな葬儀』を専門的に、あるいは重点的に受け付ける葬儀社が現れます。
そのうちに、『親族中心の葬儀』『規模の小さな葬儀』を重点的に受け付けるどこかの葬儀社が、生活者に広く自分たちの得意とする葬儀のかたちをアピールするために、新しい言葉を生み出しました。【家族葬】の誕生です。
現在生活者に浸透し、市民権を得た『家族葬』という言葉ですが、統一された定義は存在せず、共通の認識として前述の「『親族中心の葬儀』『規模の小さな葬儀』」というのがあるくらいで葬儀社各社の見解にも少しずつ相違があるようです。
単純に会葬者が少ないと見込まれる場合、葬儀費用について、返礼品や料理の数が少なくて済むので金額は抑えられますが、(下世話な話ですが)香典としていただくお金が少なくなるので、手出しの割合は必然的に大きくなります。
また、ご自身や家族の方に、地域の方と交流が深い場合や友人が多い場合は、弔問に訪れようとする方々の列席を拒むことになります。身内以外に連絡をしないよ うに、列席を想定する人以外に口外しないよう念を押しつつ話を進めれば何とかなる場合もありますが、人の口に戸は立てられぬというか、どこかから漏れる場 合有り、「いやそういう訳にはいかないだろう」と親族の方と意見が食い違う場合有りだったりします。また、葬儀終了後、死去を知らされていなかった方が自宅に代わる代わるお参りにいらして休む暇が無かったという話もありますので、事情に合わせていろんな人の話を聞きながら慎重に話を進める必要があるでしょう。
上のような事例で、いわゆる『家族葬』を望んでいたけれどもそれが叶わなかった場合でも、例えば自分の知らなかった意外な繋がりを知ることが出来たり、思いがけない人から思いがけない言葉を掛けられたりすることもあります。どれだけ準備していても完全に思い通りになるものではないのですが、見方を変えると良いものが見える場合もあるので、こだわりすぎないようにするのも大切なことかもしれません。
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葬儀屋として裏側をお話しすると、列席者の数も料理の数もあらかじめ決まっていたら、実はものすごく楽が出来るのですが、なかなかそういうわけにもいきませんし、それを望んでいたらいかんよなあと思う次第です。
あと、列席者が例えば100人を超えたとしても【家族主体の葬儀】というのは当然最優先に考えられるべきことなわけです。そのように捉えたとき、どういった葬儀であっても『家族葬』と呼ぶことが出来る気がします。
この場合、【家族葬でない葬儀】というのはどういうものでしょう。僕にはそれが思いつかないので、【家族葬】と【家族葬でない葬儀】というのを区別することが出来ずにいます。
葬儀社側の立場としては、【葬儀】を『家族葬』の他にも、「一般葬」「社葬」「直葬」などの言葉で区分けすることがあります。ただし、ご家族の側に立ってみれば、親しい人の葬儀は、葬儀社によって区分けされたどれかの系列の端に連ねられるものではないでしょう。「家族葬で……」と仰るその心の内に、どのような想いがあるのかを、出来るだけ具体的に葬儀社の担当の人に伝えてみましょう。きっと、良い方法を示してもらえるはずです。
ある僧侶の方から「『忌中札』のルーツって知らない?」と訊かれました。玄関に『忌中』と書いて貼り出してある紙です。最近は『還浄』『寂』などの札もあるようです。
元々死をケガレとして捉える古代からの民俗的な(神道的な)考え方や、伝染病への警戒から、その家に死者がいることを示し、その家に関わりのない者が立ち入らないようにするためのものだと理解していたのですが、いつごろ始まったのかを知りたいとのことで、ついつい安請け合いして調べてみました。
まず、本棚の『民俗小事典 死と葬送』を捲ってみたのですが、【忌み】【忌中】の項目はあれど、ルーツまでは乗っていません。
困ったなあと思いながら、喪葬令服紀条とか服忌令とか(昔の弔いに関する法律です)にアタリをつけて調べていると、奈良県のホームページに『古代社会とケガレ意識』というPDFがありました。
これによると、PDF8/23ページ(121)上段より
また、発掘調査によって多くの木簡 が出ていますが、こうした木簡を見ても、村の中に死者が出ると、死者が出たということを往来の人に示すために、立て札を建 ていることが分かります。その立て札には「物忌(ものいみ)」と書いているのです。これによって、その村の中に入るのを避けなさいと いうことを知らせるわけです。国道二四号線のバイパスを作るときにも、平安時代初めの物忌札が見つかっています。
ということで、平安初期には既にあったようです。
このPDFを読んでいて面白かったのですが、
PDF6-7/23ページより
現代では人が亡くなると、その門口に「忌中」という札を貼ります。これはこの家に亡くなった人が出たということを対外的に知らせるものです。ですから、忌むという言葉は不祝儀の意味で使われているのですね。ところが、奈良時代以前は逆でした。忌むという言葉は本来「神聖な」という意味を持っていたのです。
(中略)
ところが、この「神聖な」ということをあらわした忌むという言葉の意味が、奈良時代末期になると、大きく変化をしてくるようになります。奈良時代の末期、桓武天皇の時代から吉凶の観念が強く打ち出されるようになります。これは陰陽道など中国的な思想の影響であろうと考えられます。そして、このころを境に、忌むという言葉がまったく逆の意味になってきます。たとえば、死のケガレを忌むといったように、現代にも通じる意味に変化してくるのです。
『忌む』は元々『神聖な』という意味だったようです。
昔、あるお寺での法話で「『忌中』というのは慎みの中にあるという意味です」と仰った僧侶の方がいらっしゃいました(『己』の『心』の『中』ですからね)。
人も病院で亡くなり、口にする肉も包装されている現代社会では、なかなか死を意識することがありません。
その中で、やはりこの貼り紙にはそれを意識させるものがあります。
僕にお尋ねになった僧侶の方は浄土真宗本願寺派の方だったので、「出来れば『往生』とか『南無阿弥陀仏』とかが良い気がするんだけどねえ」と話していらっしゃいましたが(『還浄』についての話も出た)、個人的には何らかの目印があって、それを見た人に、そこに一人の人が生きていたということを、認識してもらって、ほんのちょっとだけでもそれで揺さぶられる何かがあれば良いんじゃなかろうかと思う次第です。
葬儀までに「その人らしい写真」が見付からず、数ヶ月が経過してから「ようやく見付かりました」と作り直しを頼みにいらっしゃる方が度々あります。
ご弔問になる方にとっては、その人の姿を見る最後の機会が葬儀の際のご遺影の姿になる人がほとんどです。
加工にはあまり時間を要しないのですが、どこに写真があるのか解らないと、ご臨終間もない間にご遺族が休む間もなく写真探しに勤しむ姿を見るのは、私に とっては辛いものです。
遺影の元になる写真を準備しておくことも、より良い葬儀を営むための一つの手段なのではないかと思い、このページを作りました。