熊本県益城町近郊のお葬儀(お通夜・お葬式)に。

斎場 益城会館 - 熊本県益城町近郊のお葬儀・お葬式 > ブログ > 葬儀コラム > 【報告】みんな得するおそうしきの話@益城

【報告】みんな得するおそうしきの話@益城

去る3月24日、熊本県葬祭事業協同組合青年部主催の葬儀セミナーが、益城町交流情報センター「ミナテラス」にて行われました。地元の部員ということで、川端も企画運営に携わりました。

どんな感じのセミナーにすることを心懸けようかと考えていて、部員間のやりとりのなかで僕が送ったメールの一部。こんなことを考えながら企画した・・・というか、書きながら自分がこんなことを考えてたことに気付いたというか。推敲せずに送っているので乱文ですが、雰囲気を読み取っていただければと思い掲載します。長いので読み飛ばすと当日の写真が出てきます。

---

元々「葬儀」「死」について、日本ではケガレの意識が強く、
適切に取り扱わないと、良くないことが起こると信じられてきました。

そもそも「死」そのものが「良くないこと」に分類されてきたので、こと葬儀においては
「適切に葬らないと、良くないことが連鎖して起きる」という考え方の上で行われるのがが主流であったと思われます。

「葬式組」がどこにでもあった頃は、長老方の指示の元、あるいは宗教者の指導の下、
当時の近隣社会の掟に従ったり、宗教教義(もしくは宗教教義と信じられていたもの)に従ったりしつつ、
そのときそのときに適切だと考えられる方法で、葬儀を行っていました。

で、葬式組だけで葬儀の準備をするのが面倒になった頃に、
祭壇設営などを専門で引き受けて金銭を得る会社が現れました。葬儀屋の誕生です。

そのうち「適切な葬儀の指標」が、葬儀屋の手元にやってきます。
そして、自分たちの会社を大きくしたい一部の葬儀社が、
その「適切な葬儀の指標」を、自分たちの都合の良いように改竄して使い始めます。

金銭面で言えば、
「みなさんこれくらいの祭壇を使われますよ」と言って、不必要に高価な祭壇を勧めたり
「お返しの品物も、これくらいの高額なものを用意しますよ」
「香典返しも会葬返礼も一緒になさる方が多いですよ」と言って不必要に高価な物を勧めたりする葬儀社も出てきます。

葬儀を自分たちにコントロールしやすいものにしようとする葬儀社も出てきます。
「沢山の人に来てもらっても困るので、ごく近しい方にしか知らせないでおきましょう」
「これが正しい葬儀です」として、
風土によって違った形式を代々伝えられてきた葬儀の風習を破壊しようとする人もいます。

このような葬儀社が台頭する中、最近は「葬式は、要らない」という本も出版され、
追随して【葬儀は要る】系の書籍が雨後の竹の子のように出てきました。

果たして葬儀って、「必要」「不必要」で判断されるべきものなのでしょうか。

先程ご紹介したような葬儀社がいる一方で、
地域の習俗や、宗教的な意味合いを鑑み、
その土地に生きて亡くなった人と、これからも生き抜いていく人を想い、
「ここで葬儀をしてよかった」「あなたに頼んで良かった」との言葉を励みにする葬儀屋もいます。

そのような葬儀屋の一人として、
今回のセミナーを企画するにあたって何をしようかと考えたときに、
やっぱり先程あげたような葬儀社には引っかかってほしくないと思ったんですね。

で、そのためには事前に葬儀社に見積もりをしてもらっておくとか、
評判を色んな人に訊いてみるとかした方が良いんですけど、
それはやっぱり敷居が高い。

なぜ敷居が高いのかというと
一番最初に出てきたように「死は良くないこと」という感覚が、日本人にはとても大きいからだと思われます。

その感覚をちょっと変えるのに、映画「おくりびと」で有名になった納棺の実演と、
遺影の元になる写真の撮影を企画しました。

納棺師については、遺体をきれいにして、化粧などで整えるのが仕事です。
親しい人が亡くなったときに、その人に触れるのを怖がる人がいます。
ここに、死への畏れと、遺体・死体への畏れがあります。

納棺師の役割は、ただきれいにすることではありません。
親しい人に、触れても良いんだよと、優しく伝えるのがその役目です。
映画でも、納棺師の納棺の後に、遺族になった人たちが遺体にキスしてたシーンがありましたよね?
怖がらなくて良いんだということを感覚的に解ってもらうのに、納棺師の役割って大きい気がします。

次に写真についてです。
僕は自分の遺影を作っています。
そして、大体1年毎に作り替えています。

自分の死を想像したことが無い人は少ないと思います。
しかし、現実的に、明日自分が死んでしまうかもしれないと考えながら過ごしている人も、そう多くはないでしょう。
「縁起でもない」と思われるかもしれませんが、
実際問題亡くなった人がいらっしゃる場合、遺影を作りますよね。
で、それがなかなか見つからないことが、結構多いんです。
まれに免許証の写真で作らざるを得ない場合もありますし、
葬儀後2~3ヶ月経ってから、やっぱりこっちの写真で作り替えてほしいとご家族さんが訪ねてこられる場合もあります。

別に今日撮る必然性は無いんですけれども、
1枚用意してもらっておくと、
写真を探し回っていて、亡くなった方と一緒に過ごす時間が取れなかった
なんてことが無くなります。
別に葬儀のために用意しなくてもいいですけど、
例えば年に1回家族で集まって写真を撮ったりするのも良いかもしれませんね。
最近携帯電話でも写真は撮れますし、デジカメも高性能になって写真をいつでも撮れるようになった反面、
記念写真ってなかなか撮らない気がします。
額に入れて黒リボンをつける必要まではありませんが、
集合写真とか、バシッと決まった写真を撮る機会を設けるってのは、
結構楽しいことだと思いますのでお勧めします。

で、こういうことでちょっと意識を持ってもらうと、
そんなに「葬儀」について考えることを、タブーだと思わなくて良くなるのではないでしょうか。
そうすると、例えば葬儀を行うことになったときに、
色々とそそのかして、タブーに感じていることをうまく利用して必要でない物を押しつけようとする葬儀社があった場合
それを察知することが出来るようになるのではないかと思われます。

結局信頼できる葬儀屋の見つけ方って、
実際の温度みたいなのを感じてみることに尽きるのではないかと思います。
営業の人と実際に携わる人が違う場合もあります。
色んな人の話を聞いてみて、温度を感じてみてもらうために、そのためのはじめの一歩になればと思うのです。

---

以下、当日の模様。

 当日展示していた遺影サンプルと可能な加工の実例。人に勧めるのに自分が作ってないのもおかしな話なので、大体1年に1回作るようにしています。

当日の遺影元写真撮影ブース。来場者で希望の方は撮影し、その場でプリントして手渡ししました。結構好評でした。

同じ青年部員である菊陽葬儀社の松坂さんによる講演。

僕が進行役だったのと既に一度納棺されたことがあるのとで、今回僕の妻が納棺されることになりました。このとき結婚からまだ1年経ってません。

納棺施工中に質問を受け付け。

Q「病院ではこういうことは行われないのですか?」 A「ホスピスなどの終末医療を行うところでは行われますが、一般の病院は治療が目的なので、感染予防などを目的とした清拭と、体液が漏れ出さないような処置にとどまることが多いです。」

Q「イケメンの納棺師を指名したり出来ないんですか?」 A「今のところ出来ません。」

色んな人に来場していただけました。

遺族役を募って棺に納めます。

 綿花飾り終了時。

---

当初の意図が伝わったのかわかりませんが、笑顔でお帰りになる方が印象的なセミナーになりました。

この後、セミナーにいらしていただいていた中に遺族となられた方がいて、「おかげで遺影を準備していたよ」と声を掛けていただくことがありました。わずかながらお役に立てたようです。

今後も微力を尽くします。

コメント

コメントをどうぞ


トラックバックURL

トラックバック


» サイトマップ
▲このページの先頭へ